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何も東大だけが大学じゃない、とわかっていながら、なぜか東大ランキングが気になってしまう人が多いものです。東大は創立以来、日本の最難関大学としてトップに立ち、変わらぬレベルと人気を保っています。しかし、合格している高校は、この間に激変しています。

 
   

東大合格ランキングに見る私立校の躍進

2005.7.7


 何も東大だけが大学じゃない、とわかっていながら、なぜか東大ランキングが気になってしまう人が多いものです。東大は創立以来、日本の最難関大学としてトップに立ち、変わらぬレベルと人気を保っています。しかし、合格している高校は、この間に激変しています。

 東大合格者の高校別合格者数ランキングを見ると、60年代は都立高全盛時代でした。戦前の一中(旧制東京府立第一中学)→一高(旧制第一高校)→東大(当時は東京帝国大)のいわゆるエリートコースが、戦後は番町小→麹町中→日比谷高→東大に変わり、日比谷をはじめとする都立高が上位を独占。戦前と同じように「公立優位」が続いていました。

 それが大きく崩れたのは、都立高の学校群制度(82年からはグループ合同選抜)の実施です。この制度は進学できる高校を制限し、ひとつの高校に優秀な受験生が、学区全体から集中するのを防ぐのが目的でした。

都立全盛から私立全盛へ48年で大きく変わった

 都は教育を福祉と見て、都立高の学費を制御したため、私立校との格差が広がりました。その結果、都立高人気になったわけです。しかし、トップ校があるから落ちこぼれも出る、教員も進学実績の高い学校に行きたがるようになり、同じ税金で運営されている高校を公平な条件にしたいという観点から、この制度が考え出されたわけです。ただ、この後、都立高の進学実績がこれほど落ちるとは、誰も想像しなかったのです。

 それは、学校群制度による卒業生が初めて出た70年に明らかになります。日比谷は5位に急落。以後、ベスト10から姿を消しました。都立高全体でも78年以降、ベストテンに入った学校は一校もありません。

 かわって、上位に進出するのが私立・国立の6カ年一貫教育です。学校群制度が、私立校の追い風になりました。特に現在、22年連続トップの開成は、この制度の卒業生が初めて出る前の68年には、61人合格でしたが、70年に86人に増え、その後ベストテンに定着しました。

 都立高の制度改革によって、進学実績を伸ばしはじめた私立校でしたが、さらに追い風が吹きます。それがカリキュラム改革です。

 2002年から新学習指導要領が導入され、3割削減された内容のため、学力低下に不安を覚える保護者が増えています。私立校では従来のカリキュラムを守るところが多く、週5日制になりましたが、土曜日をうまく活用して、レベル維持に努めています。それが評価され、少子化にもかかわらず、空前の私立中人気につながっています。

 実はこのような学習指導要領の改訂は10年ごとに行われており、「ゆとりと充実」のカリキュラムの実施で、今までに学習内容はどんどん削減され続けてきました。02年からはさらにそこから削減されたわけです。

 さて、この新学習指導要領実施の度に、私立校は東大合格者数を増やしてきたといえます。90年、初めて東大合格者に占める私立校合格者合計が、公立合格者合計を抜き、それ以降、差は広がる一方です。東大進学における私立校優位は変わりそうにもありません。

 高校の制度改革だけでなく、大学入試改革もランキングに影響を及ぼします。79年に共通一次試験が実施され、国立大の一期校、二期校制が廃止されました。国立大は2校から1校受験となったため、共通一次試験対策を行っても、国立大を1校しか受験できずメリットが少なく、受験生は私立大に流れ、国公立大の人気は下がりました。

 そこで、87年に国公立大の入試大改革が行われました。旧帝国大の7校、北海道大、東北大、東大をA日程、名古屋大、京大、大阪大、九州大をB日程に分け、他の国公立大もいずれかの日程にし、各日程から1大学ずつ、2校を受験できるようにしたのです。この改革は大変な人気になりました。前年約34万3千人だった国公立大志願者が、倍以上の71万9千人にまで増えました。初めて東大と京大の併願ができるようになり、東大・京大のダブル合格者は1,513人にものぼりました。

 この年、87年の東大のランキングでは、京大に毎年多数合格者を出す甲陽学院(兵庫)や洛星(京都)が、翌年には東大寺学園(奈良)が初めてベストテン入りを果たしました。

 その後、この制度は97年には全国立大が現行の分離・分割方式になり、混乱の時代に終止符を打ちましたが、私立校は着実に合格者数を増やしてきたのです。

48年間でトップ5校、ベスト10も31校の厳しい現実

これほど揺れ動いてきた東大ランキングですが、東大入試のレベルは変わらないと予備校関係者は口を揃えます。少子化で各大学のレベルダウンが進んでいますが、東大のレベルは昔と変わらず高いままです。推薦入試も実施しておらず、帰国生徒を除き、一般入試で合格する以外、入学する方法はありません。

入試方式もオーソドックスで、入試科目数も多いままです。東大は昔から幅広い教科の基礎学力を要求してきます。入試科目を減らし、受験生の負担を軽くする試みが、多くの大学で実施されていますが、東大は一切、行ったことがありません。逆に、学生の学力低下を睨み、入試科目をさらに増やす案も検討されているようです。

この48年を振り返りますと、東大ランキングのトップは、日比谷、灘(兵庫)、教育大付(現・筑波大付)、教育大付駒場(現・筑波大付駒場)、開成のわずか5校しかないことに気づきます。

トップに限らず、この48年でベストテン入りしたのは、全国6214高校の内、わずか31校に過ぎません。東京圏の私立に限ってみますと、ランキングに入った順に、麻布、開成、武蔵、栄光学園、桐朋、桐蔭学園、巣鴨、駒場東邦、桜蔭、海城の10校です。全体でも96年に洛南(京都)がベストテンに入って以降、新しく入った学校はありません。一部の学校の寡占状態と言っていいでしょう。そんな中で麻布は唯一、48年間ずっとベストテンに入っています。

また、前述の31校の私立校は、ほとんどが男子校で、その中で“紅一点”女子校の桜蔭が1994年に初めて8位に入り、その後、ずっとベストテンをキープしています。
私立校に押され放しの公立校ですが、中高一貫校の設置、都立の進学重点校の設置など、改革が始まっています。しかし、私立を追い抜けるかとなると、厳しいという見方が大勢を占めています。

この48年の間にランキングは大きく変わりました。こんなに変わった理由としては、東大が全国型の大学であること、東大を目指している受験生が多いことがあげられます。それだけ人気がある証でしょう。21世紀に入り、大学は大きく変わりつつあります。国際社会をリードする日本の最高学府、東大の受験地図がどう変わっていくのか、興味は尽きません。

(大学通信・私立中高受験年鑑より)



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